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あ、今日は普通に表示される。

Operaが悪いのかそれとも此方さんが悪いのか、日記を書こうとするとソースが表示されて投稿どころの騒ぎじゃない画面になっていた為、前の日記から間が空きすぎましたKですこんばんは。
今日はソースにもならず綺麗に表示されているので、今のうちに書いちゃいます!


アスパラベーコンの写真をアップした時に「送別会」と言う単語を書いていたので、コイツ会社辞めたの?とか、実家に帰ったの?とか、色々思われた方もいらっしゃると思うので、これまでの事を書いていきたいと思います。
ながーい話になるので追記使います。
因みにあんまり良い話じゃないです。嫌な話ばかりです。
それでも見たいと言う方だけクリックして下さいね。


7月にうちの部署に来た新人さん、Sの付く方が多いのでこの方をS井さんとしておきます。
最初は別部署に居たので接点等はなかったのですが、どうもその頃から仕事が出来ずに先輩の頭を悩ます存在だった様で。
S井さんがうちの部署に配属される前に、「今度Kちゃんのとこでしょ?あの人本当に大変だよー」と先輩から言われておりました。
冗談抜きで大変な大物ルーキーだと痛感するのは彼女が正式に配属されたその日のうちだった訳ですが、何度トラブルを起こしても何故だか会社側はクビを切らない。
(と言うかリーダーが上に上げたのかどうかも疑問)
私は福岡へ越す事になっていたので、「最大12月末までは協力するけれどそれ以降は絶対に残らないし、それまでにある一定の仕事を誰かに覚えて貰いたい」と考えていました。
S井さんに仕事を覚える気があれば自分の持っているものを全部教えたかったし、覚える気がないのならばクビにして新しい人を入れて12月までに一人前にしたかった。
(S井さん本当に仕事の出来なかった人だったので)
(せめて意欲だけでもあればまだ良かったのですが)
私生活を犠牲にした分それなりの結果を出す事を望んでいたから、当然焦りもしたし、S井さんには腹が立っていました。


で、このS井さん。8月末かな?9月頭かな?に妊娠が発覚しまして。
丁度出産時期が繁盛期に被っとるやんけー!と言うのもカチンと来たのですが。
(いや、でもこればっかりは仕方がないんだ、コウノトリのせいだから)
切迫流産の危険があるのにも関わらず原チャリ出勤、出血したり体調がもんの凄く悪くても無理をして出勤、お偉方が休めと言ってもちっとも休まないのです。
そんな状態で「出血したんです」とか「欲しくなかった」とか言うものだから、会社の、特に私たちのフロアの空気は最悪でした。
S井さんを無視する先輩も居たし、楽しく仕事どころではなかったです。
(それまでは笑いの絶えない、面白い職場だっただけに・・・)
妊娠後も職場を走り回るので、さりげなく仕事を減らすとか、遠くへ行く用事は自分に回す様にするとか、常に気を配っていなければならなかったのが辛かったです。


まあ、そういう生活の無理が祟ったのか。
ストレスがよほど溜まったのか。
9月中旬から、殆ど食事を受け付けなくなりました。
口に入れてから吐き戻す事もありましたし、そもそも食事を口にすら入れられない事もありました。
胃痛で夜中に目が覚める事もしょっちゅう。
でもどんなに体調が悪くても人手が足りないから出なければならなかったし、現状を打破する事も出来ず。
「とことんエゴイストにならないと、この会社ではもう私は自分の体も守れないんだ」と思った翌日には、派遣元と派遣先の両方の責任者に「10月末で辞めます」と言っていました。10月頭の話です。


10月からはもう本当に悲惨でした。地獄の様。
辞めると伝えた途端に、担当変え、それに伴うフロア変え等で慌しくなりました。
主に私が被害を被ったのは担当変えなのですが、私が辞めた後の補充として3人の方が来られたんです。
1人辞めるのに何で3人も来るんだ、算数が明らかに間違ってんだろ。
・・・とは思いましたが、私よりも不満を抱いているのは後続の方で。
その中の1人であるS藤さんが、凄かった!
私の送別会で「会社は私たちを馬鹿にしているのか」と言われました。
そもそもうちの担当は仕事が忙しいけど給料は低い、誰一人として望んで来たがらない担当だし、算数は違っちゃってるし、不満を抱くなと言う方が難しかったんでしょうね。
その後も色々と不満をぶつけられ、「いや、もう、ご尤もですよね」しか言えませんでした。
気持ちが解る分「仕事選んでんじゃねーよ」とか強くも言えないしね。
(ていうか相手が年上過ぎてキレらんなかった)


で、3人来てから正式に指導する事になったのですが、こっれが3人の面倒を見つつS井さんの面倒を見なければならないものだから、本当にキツかったです。
面倒よりも優先させなければならない仕事も出て来るし、通常業務が全く捗らないと言う・・・。まあ当たり前なんですが。
リーダーがせめて誰かの面倒を見てくれれば良かったのですが、席に居ない、居ても逃げるか押し付けられるので、文字通り孤軍奮闘。
最終日の終業時刻を過ぎても、片付けに入れませんでした。
泣きながら1人片付けるのがどれほど侘しいかと言う話ですよ。
(同じフロアのリーダーとか全員さっさと帰りやがったんだぜ)
その様子を夜勤に入っておられた社員さんが不憫に思って、片付けを手伝って下さったのですが、そのお心遣いに号泣。
オマケに通り掛かった課長を捕まえて「最後までKちゃん1人にこんなに仕事させて可哀想でしょう。リーダーに何とか言って下さい」とか仰って下さるんだよ、更に号泣。
18時以降はずっと号泣してました。


苦しい事ばかりを並べましたけど、働いた1年と少しの間、楽しい事も嬉しい事もいっぱいいっぱいありました!
一番嬉しかったのはお餞別を20人近くの方々から戴いた事でしょうか。
皆さん優しい言葉を掛けて渡して下さって、その度に泣いてしまいました。
「なくてはならない存在だった」とか「200%仕事したね」とか、認めて下さる方に多く恵まれたので、私は最後まで頑張れたんだと思います。
多分これほどお餞別を戴く事は私の人生ではもうないんじゃないかな(笑)。
(戴けるとも思ってなかったし)
大好きで尊敬すべき人たちの多く居るあの職場で、私は少しでも役に立てたのかは解りませんが。
役に立てていたら良いな、と思います。


会社を辞めて以降の生活はと言うと。
実は今でも体調は戻っていません。
辛いものを食べたら胃が痛いし(実は今日激辛ラーメン食べちゃってさー!超いってぇのよ!)、戻す回数は激減しましたが今でも時々あります。
仕事している時に比べたらマシですけどね。
元気だった頃に戻るのにはまだ時間が掛かりそうですが、気長にいきます。


新しい仕事も決まりました。1月中旬から博多で始まります。
以前の仕事と似た様なものなので、まるっきりゼロから始める方に比べれば少しだけ有利です。
使うシステムが殆ど同じだから、自分の強みになってると思います。
が、以前より専門性が増した。物凄く増した。勉強せねば。


そういえば前の職場の先輩からメールが来たのですが、S藤さんが辞められたそうです。
確かに「S井さんの皺寄せが来るくらいなら辞める」とは言っていたが、まっさかこんなに早いとは・・・。
私のあの疲労困憊でフラフラしながら指導したのは何だったのだろうと思わないでもないです。
でもそれよりも時期がまじーよ!
繁盛期これからなのにどうすんだよー!
御大は契約上金曜は絶対に出られないよ?!
空気読めよ、皆!
S井さんも妊娠発覚当初は「絶対に辞めない、出産して2ヶ月後にはまた来る」と言い張ってたもんですが、私が辞める日には「3月までです」と言っていたし、後続の人が辞められるのって何か複雑です・・・。
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未分類 | CM(0) | TB(0) 2007.12.28(Fri) 01:06
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